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フィンランドメソッド研究

教科「情報」教員ネットワーク.関東

この記事は、フィンランドの国語教育と日本の情報教育、広くはコミュニケーション教育との関連について考察をしたものです。

個性について考える

北欧文化教育総合研究所長(元フィンランド日本国大使館員)の北川達夫氏講演より

  • 個性についての認識の違い

日本について個性を尊重するとは、わりと本人の好き勝手にやらせるというイメージがある。
フィンランドでは、あくまで一般性・共通性・共有できる要素を併せ持つ。
例えば 「モーツァルトの音楽」は個性的。だが、これは誰もが演奏できる譜面に翻訳されており、一般性・共有という視点が存在している。また反社会的なものである「個性」は共有できないと考える。
【コメント】:日本では、個性=本人の自由・好き勝手な表現 という意識が強いですね。壁の落書きなんかもそうですね。社会性の伴わない個性の表現に迷惑している人はおおいはず・・

  • フィンランドの個性教育

個性を伸ばすというよりも、生徒に個性を表現させ、その個性を教員(家庭では親)側が見極めていく。また、見い出した個性は引き出されるように、うまく誘導していく。
教員が何も働きかけなければ生徒の個性は内側にとどまったままである。




型はめ教育

  • 型にはめるとは何か

一方で重視されているのが「型はめ教育」。例えば小学校低学年で作文をかかせる場合に、漠然とテーマを与えて自由に書かせるのではなく、細かなルール(例えば使うキーワードを限定するなど)を設けて、それにあてはめた作文からスタートする。型とは問題解決の道筋やとっかかりを提供するツールである。
【コメント】:型はめというと個性の否定のようですが、そうではないようです。まずは基本を徹底敵意にたたきこみ、そうなって初めて自己の表現が生まれていくという発想。確かにデッサンの基礎がなっていない巨匠ってのはいないかも。芸術分野なんかで新しい技法を開発している人ってのは伝統技法なんかも幼少期から厳しくたたき込まれていることが多いですし。

  • 手本を示してあげる

教科書に手本や型があったり、実際に先生が示してみせる。道筋や手本を確認することで児童はコツをつかんでいく。

常に 「なぜ?」と「本当にそうなの?」を繰りかえす

  • なぜ? のフィードバック

授業では正答のみを求めるのではなく、なぜそういう答えと考えるのか、どういう道筋で考えたのかを徹底的に追求していく。これにより、論理立てて物事を考えるようになる。反射的に当たりはずれを問うようなやり方は行われていない。
【コメント】:日本ではすぐ教師が正解を教えてしまうので、正解の生徒は喜びモチベーションがあがり、不正解の生徒はモチベーションがさがると・・・そういった一喜一憂ではなくて、もっと学ぶ本質に迫った教育が必要なのかも・・・ それが「なぜ」という問いかけに隠されているようです。

  • 本当にそうなの? のフィードバック

入ってくる情報を鵜呑みにしない。本当にそうなのかどうかを自分の力で租借していく。これも重視されている。
【コメント】これは、教科「情報」におけるメディアのクリティカルシンキングに全く合致する考え方でした。そして、フィンランドの小学校の国語教育では、テキストベースだけの情報源ではなく、図や写真・広告などを使った情報源も読解の対象にしているようです。